神奈核ニュース No.12(1999.9) 目次


第213回定例研究会
 平成11年度神奈核教育訓練
放射性医薬品を投与された患者の
退出に関する指針について
神奈川県立がんセンタ−  中村 豊
発生装置の高エネルギー放射線
加速原理と放射化について(1)
東芝メディカル株式会社 篠原 義秀
高エネルギー放射線発生装置
の加速原理と放射化について(2)
株)日立メディコ 加納川 洋
科学技術庁表彰記念講演 神奈川県立がんセンタ− 藤生 英夫
最近の放射線管理の緊急課題  (放射化物に関して) 横浜労災病院渡辺 浩
第215回定例研究会(1999.6)
 SPMって何なの? 
東海大学病院村上 剛
熱狂スタジアム(4)
 『トリコロール戦士栄光への軌跡』
北里大学病院神宮司 公二
お店紹介しようかい!(4) 川崎市立川崎病院小野 欽也


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平成11年度神奈核教育訓練


 第213回の神奈川核医学研究会は、4月20日(火)かながわ労働プラザにて開催されました。
 例年4月には「教育訓練」として行われていましたが、今年はさらに放射線安全管理研究会と放射線治療研究会との合同企画として開催されたため、約120名もの参加者があり、90名収容の会場が満員となり、立ったまま聴講された方もいらっしゃいました。参加者数の予測を謝ってしまい、たいへんご迷惑をお掛けしました。
 部門や職種の異なる方が多数参加される「教育訓練」としては、内容が専門的であり少し難しすぎるような気がしました。今後は、皆様に理解しやすく本当に役に立つテーマを考えていきたいと思います。




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放射性医薬品を投与された患者の退出に関する指針について

神奈川県立がんセンタ−
 中村 豊


(はじめに)
 上記の指針は、平成10年6月30日付で厚生省対策課医薬安全より課長通知として出されたものである。これは国の規制緩和政策の一環として、医療放射線の適正な安全管理を図り、医療放射線の利用を推進するもので厚生省医薬安全局の放射線安全対策検討会の審議を経て通知された。
(放射性医薬品による治療の現状)
 (社)日本アイソト−プ協会の医薬部会・放射性医薬品専門委員会による1996年の報告によると、甲状腺癌の転移巣における有効性は190例中187例で98%であり、甲状腺機能亢進症は91%(175/192)の有効性、骨とう痛緩和治療は81%(99/122)の有効性を示す良好な成績を示している。しかし、治療用放射性医薬品を使用する際の障害として、施設・設備に要する費用、スペ−ス確保の困難さ、専門医の確保、看護体制の確立などマンパワ−の不足、採算性が合わないなどの医療経済的な要因、薬剤に対する啓蒙、医薬品管理体制確立の困難さ、スタッフの教育、主治医、患者の理解を得ることの困難さなど多種多様な要因が存在している。この中では、法規制に適合させることの難しさについてこの指針は患者の退出基準を示し、大きく解消の方向性を示した。

(指針の内容)
 指針の内容は、放射性医薬品を利用した在宅での治療を可能とする環境整備と放射性医薬品を投与した患者が退出・帰宅することから発生する一般公衆および患者介護家族の放射線被曝への配慮した放射性ヨウ素−131と放射性ストロンチウム−89の2核種についての退出基準となっている。 退出基準は以下のようになっている。
1.投与量に基づく基準(表−1)
2.測定線量率に基づく基準(表−1)
3.患者毎の積算線量計算に基づく基準
(1)患者の体表面から1mの点における積算線量を計算し、その結果、介護者の被曝が5mSvを超えない
(2)積算線量算出に関する記録の保存
*退出・帰宅を認める場合は、書面および口頭で日常生活などの注意、指導を行う

(退出の記録)
 退出の記録には以下の事項を記載する必要があり、退出後2年間保存する。
1.投与量、退出した日時、退出次に測定した線量率
2.授乳中の乳幼児がいる母親に対する注意・指導内容
3.退出を認める積算線量の算出方法
また(1)体内残留放射能で退出を判断、(2)1m距離における被曝係数を0.5未満で設定、(3)生物学的半減期あるいは実効半減期を考慮、(4)人体の遮蔽効果を考慮した場合には算出根拠を記録しなければならない。
(退出基準の放射能量と線量率の算出根拠)
 退出基準の算定に当たって使用された係数や常数はICRP,NRC,NRPBなどの勧告や報告から引用されているが、紙面の都合もあり、詳細は省略する。Sr-89投与患者からの外部被曝線量は0.68mSv/y、内部被曝は0.34μSv/yであり、Sr-89については最大投与量のみを規定した。I-131の放射能量及び線量率は患者からの外部被曝線量9×10-3mSv/MBqと患者呼気からの内部被曝線量4.1×10-4mSv/MBqを加算した線量から導かれたものである。
(甲状腺癌患者の治療について)
 甲状腺癌患者の治療については、高放射能量を使用することと、放射線宿酔や唾液腺炎、下痢などの急性副作用があり、専用の治療病室での管理が必要である。その後、一般病室に帰室するが、その際、特定の患者に集中する被曝をさける配慮が必要である。
(患者および家族に対する注意事項)
 治療用放射性医薬品を使用する際の障害として患者および家族の理解を得られないことが挙げられている。十分なインフォームドコンセントが必要である。以下の注意事項を説明し、理解を得る必要がある。
・患者と家族が同じベッドで寝ることを避ける。
・公共の場で過ごす時間を極力短くする。
・患者の排泄物による放射能汚染を避ける。
・患者の便器は直ちに洗浄する。
・授乳中の母親が患者の場合、適当期間は授乳を中止する。
・子供や妊婦と接する時間を最小限とする。
・最初の2日間は十分な水分を摂る。
・最初の2日間は最後に入浴し、直ちに浴槽を洗浄する。
・患者の衣類、食器の洗濯、洗浄は家族とは別にする。

治療用放射性医薬品 投与量、体内放射能残留量
患者体表面から1mの点における1cm線量当量率
核種
MBq
μSv/h
Sr-89
200
I-131
500
30

(おわりに)
 今、日本の医療は大きな変革の時を迎えている。厚生省が規制緩和政策により、医療を受ける側の権利を大きく取り上げ、患者中心の医療に変化させようとする姿勢が見える。「医療放射線管理」が管理する側ではなく、医療放射線を利用する側にシフトしつつある。しかし、「規制緩和」は管理を緩めることではない。管理を適正に行うことと認識しなければならない。



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発生装置の高エネルギー放射線
加速原理と放射化について(1)


東芝メディカル株式会社  
  篠原 義秀


T.医用ライナックの加速原理の概要
1.医用ライナックの構成
簡略化した医用ライナックの構成ブロック図を図1に示す。
加速器の主要構成
加速部:電子を加速する主要な部分で加速管、電子銃、集束コイル、真空装置、マイクロ波供給源(マグネトロン、クライストロンなど)、マイクロ波を加速管に導く導波管及び立体回路素子などで構成される。
偏向部:加速された電子の方向を磁界によって治療台の方向に向ける機能である。小型のもので加速管を垂直に取り付けてあるものは不要である。
パルス変調器:マイクロ波の出力管にパルス電力を供給するするための電源装置である。
ターゲット:電子を重金属に当てて制動X線を発生させる機能である。
照射ヘッド:放射線治療に必要な各種の機能が収納されている。
冷却装置:加速管の温度制御及び各発熱部の冷却用。
支持装置:固定架台、回転架台、回転駆動機構など。
制御器:治療に必要な操作器及びライナックの運転を制御するための各種の回路。
治療台:患者を乗せて治療をするための寝台でペデスタル形、ラム形などがある。このほか治療に必要な付属品、患者の位置を決める十字投光器(スポットライト)、モニタTV、インタフォンなど。


2.加速原理の概要
2-1.直流電界による加速
 図2のような二極真空管で陽極Aに正の電子Eボルトを与えると陰極Kの表面にある熱電子は、Aからの電界によって加速を受け、逐次速度を増してAに到達する。
 電子がAに衝突する直前のエネルギーWは(1)式のように表される。
       W=eV    (1)
 電子がEボルトの電位差を通ったときに得られたE電子ボルト(E electron Volt又はEeV)という。
 〔1eV=1.602×10-12erg 又は 1.602×10-19Joule〕
EeVに加速されたときの電子の運動エネルギーは1/2mv2であるからeV=1/2 mv2である。
従って(2)式のようになり、これにe=1.60206×10-19 Coulomb(電子の電荷)、m=9.0183×10-31kg(電子の静止質量)を考慮すると(3)式のようになる。
 例えばE=100ボルトとすれば、電子が陽極に衝突する直前の速度は5.94×106m/sec(毎秒5,940km)の速度に加速されたことになる。
 但し電子の質量mは光速に近く、即ち相対性理論の領域になると(4)式のように増加するので(3)式は成立しなくなる。

上記は最も簡単な電子の加速で、X線管球がこれを利用したものであるが絶縁耐圧の問題で数百KVが実用上の限界となる。
 これを何段か重ねることで、より高速に加速する方法がある。図3に示すように、前項の陽極に穴を開け、加速された電子が陽極を通過できるようにして、これを重ねていく。
Kから出た電子はA1でEeVに加速され、AnではnEeVのエネルギーを得る。バン・デ・グラーフやコッククロフト・ワルトンの加速器はこのような加速管を使用しているが、この加速管でもやはり絶縁耐力が問題となり数MeVの加速エネルギーが限界とされている。

2-2.交流(高周波)による加速
 図4に示す通り、陽極は円筒状で一箇おきに同じ極性の交周波電源に接続されている。A1で加速されたイオンがA2に入るときに、加速を受ける電界になるような交周波の周期を選び、また粒子の走行距離に合わせた円筒の長さを選べば、粒子は電極の間隙を通る度に加速される。これがSloanとLawrenceの行った線形加速器の原理で、粒子は水銀イオンのような重い粒子であったので7MHz程度の高周波使われたが、電子の場合は質量が小さいので速度が非常に速くなり、この形式では電極の長さが極めて長くなって実用にはならない。

2-3.マイクロウェーブ(Micro wave)による加速
2-3-1.進行波形加速管による加速
 電波の周波数が極めて高く(波長が短く)なると普通の回路では伝送することが出来なくなる。
そこで導波管と云われる金属製のパイプの中を通すようにする。
 加速管としては円形導波管を用い、導波管内では軸方向に電界が生じるような電波の伝播状態を作る。


電波の伝播の様子(半径がrの円形導波管の場合)
空間波長の違いによる円形導波管内の電波の電界の様子を示したのが図(a)、(b)、(c)であり、これらの波長は(5)式のようになる。
 (5)式から管内波長λgは(6)式のようになり、空間波長λより長い波長となることがわかる。これは導波管の中を伝播する電波は管壁で反射しながら進むので、入射波と反射波の干渉による合成波が新たにできるためで、この合成波の波長が管内波長λgとなる。したがって、光速で進行する波長λに対して、λg>λとなっているのであるから、管内の合成電波の進行速度は光速より速くなっていることになる。
 この速度のことを位相速度(Vp)という。
 電子はほぼ光速で進行するものであるから、電界の進行速度も光速でならなくてはならない。したがって円形導波管に何らかの対策をして、Vpを遅くする必要がある。
 導波管の電波の位相速度Vpを遅くする手段には各種の方法があるが、現在用いられている最も良い方法として、孔を開けた円板を円形導波管の中にいれる方法である。(円形装荷形導波管)
 図5の中で、導波管の内径を2b、円板の孔径を2a、円板の間隔をdとしこれらの寸法を適当な値にすると、位相速度を0.4から1C程度まで変えることができる。
 このような進行波形加速管においてはマイクロ波により軸方向に進行する電界を作り、電子を連続的に加速します。
 図6においてマイクロ波は正弦波として左から右方向に伝播される。



 t1、t2、t3は1/4サイクル毎の時間的変化を示す。
 電子は進行波の各移相間でエネルギーを獲得して進む。
 電子が入射される部分をバンチャー部と呼び、電子を加速すると同時に、最適な位相に集群(Buncing)させる。
 図7においてA付近の位置にある電子は強い加速電界を受けるので速度が早くなって次の瞬間にCの位相の方に進んでくる。
 次にC付近までくると、ここでは減速電界を受けて再びA位相の方に戻る。
 この様にA〜Cの位相にある電子は位相的に振動しながら、Sの安定位相に落ち着く。
 図8はバンチングセレクションとレギュラーセレクションの構造の一例を示しているものである。
 電子は質量が極めて軽いので、5Mev程度でその速度は光速の99%にも達し、これ以上のエネルギーになっても速度の増加は僅かであることは図9に示した通りである。



 光速に極めて近い速度、即ち相対性理論の領域であるから僅かの速度増加でも質量が増大するのでエネルギーが高くなるわけで、例えば電子のエネルギーを10MeVとして、運動の質量を計算してみると(7)式のようになる。
すなわち10MeVの電子の質量は静止質量の約20倍で1.86×10-26gとなっていることが分かる。  図10に進行波形加速管と定在形加速管の構造を示す。進行波形加速管においてはマイクロ波の入口と出口があるが定在波形加速管においてはマイクロ波入口と出口が共用で1ヶ所のみである。
2-3-2. 定在波形加速管による加速
 次に定在波形加速管においては両端が閉じられた加速管に、入射波とその両端で反射された反射波との合成電界が定まった位置にでき、この電界により電子が加速されます。
 図11においてt1の時には、1と5の空洞には加速電界が、2と4の空洞には電界が無く3の空洞には減速電界ができる。



 t2の時には、入射波と反射波の電界は2と4の空洞に進み、それぞれの電界方向が逆のため電界はできない。
 t3の時には、1と5の空洞は減速電界に、3の空洞は加速電界となる。
 2と4の空洞には電界ができず、マイクロ波を隣あった空洞に伝播させる結合空洞としての作用をする
。 定在波形加速管の内部構造例を図12に示す。
 封じ切りタイプ定在波形加速管例を図13に示します。これはMEVATRONにて使用されている加速管です。



 加速管内に電子をビーム状に入射させるために電子銃が使用されます。電子銃の構造模式図を図14に示す。電子銃は二極管形と三極管形があり、カソード(陰極)とアノード(陽極)間には15〜60kvの電圧が印加され、カソードから放出される熱電子を光速の15〜45%に加速して加速管に入射します。
 一般の円形導波管は下図のような形状加速された電子流を偏向し患者側にビームを取り出す部分を照射ヘッドと称し、図15にその例を示す。
 照射ヘッドには、主に次の様な物が実装されています。
1)X線ターゲットと電子線用一次スキャッタリングフォイル
2)X線用フラットニングフィルタとシールド
3)X線用チェンバと二次スキャッタリングフォイルを組込んだ電子線用チェンバ
4)X線用アブゾバー
5)照射野用ミラー
 加速された電子がターゲットでX線に変換される量(X線変換効率)は電子ビームの進行方向で概略次のようになる。(図16)
    X=K×i×(E+m)2.7 (cGy/min、/μA at 1m)
 ここで K:定数、i:平均ビーム電流(μA)、E:電子エネルギー(MeV)、m:電子の質量(0.51MeV)
すなわち電子の得たエネルギーのほぼ2.7乗に比例する。




U.放射線治療装置使用施設における放射化の取扱いについて
1.次のような概要で、関係事業者宛に平成10年10月30日付で科学技術庁原子力安全局放射線安全課 植田秀史課長より「放射線発生装置使用施設における放射化物の取扱いについて」という主題の文書が発行されました。
"放射線発生装置の性能の向上によりエネルギーの高い放射線発生装置が使用されるようになってきていますが、このような高エネルギーの放射線発生装置の使用に伴い、装置そのものが放射化することがあります。
 放射化した機器の取扱いにあたっては、適切な安全管理を行い、作業者の安全を確保する必要があります。
 このような事態を踏まえ、今回、放射線発生装置施設において発生した放射線化物の取扱いについて、安全管理上の留意事項を別添の通りガイドラインとして示すことといたしました。
 なお、放射性同位元素の製造や材料検査を目的として放射化されたものについては、本ガイドラインの対象とはなりません。
2.このことを受けて弊社においては、平成11年1月に医用ライナックMEVATRONにおいて、ビームラインの放射化のチェックをする機機会を得たのでその結果を以下に記す。
装置名 メバトロン77DX67
使用状況 X線は10と6MV併用 約7年間の使用
ビームタイム 平均0.5〜1時間/日
測定器 @電離箱サーベイメータ アロカICS-311
BG 0〜0.2μSv/h
AGMサーベイメータ アロカTGS−
BG 80〜100cpm
測定距離 特記なきものは検出部中心〜測定物表面約10cm
 最終照射は14:50頃で、15:30より解体開始、ビームラインを適時測定したが、組上げた19:30までの経過時間では、測定値・計数に変化が見られなかったので、測定箇所毎の数値を示す。
・6MVのイコライザー        電離箱:BG
                    GM:BG
・ターゲット(入射面)        電離箱:10μSv/h
                    GM:20kcpm
    表面近接           電離箱:40μSv/h
                    GM:スケールオーバー
・ターゲット(出射面)表面近接   電離箱:20μSv/h
                    GM:スケールオーバー
・ターゲット取付けベース
 (ターゲットからの放射線もカウントしていると思う)
    入射面(近接表面)     電離箱:2μSv/h
    出射面(近接表面)     電離箱:1μSv/h
・10MVイコライザー
 (絞りブロック内に組込まれた状態のままで入射面を測定)
                     電離箱:0.5〜0.8μSv/h
                     GM:2〜3 kcpm
・電子線取り出し窓付近(絞りを外したままの状態)
                     電離箱:0.3〜0.4μSv/h
                     GM:400〜500 cpm
・電子線取り出し窓・偏向部     電離箱:0.1〜0.2μSv/h
                     GM:200〜300 cpm
・加速管本体(偏向部付近は上の値)  電離箱:BG
                     GM:100〜150 cpm
・スミア測定              ターゲット:BG(〜100cpm)
                     電子線取り出し窓:BG(〜100cpm)

 放射化の状態の把握は、多数の装置の測定結果より判定する必要がある。
 科学技術庁は放射化の区分とガイドラインを示したが運用上の具体的指示には至っていず、今後の対応について、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」を睨みながら科学技術庁、RI協会の動向を注意していくことになると思われる。




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高エネルギー放射線発生装置の
加速原理と放射化について(2)   
 株)日立メディコ
加納川 洋


1.はじめに
 弊社は放射線治療機として、マイクロトロン装置の製造、販売及びエレクタ社(旧フィリップス社)リニアックの輸入販売をしておりますが、今回はマイクロトロン装置について述べさせて戴きたいと思います。



2.加速原理と特長について
 マイクロトロン標準1ガントリーのシステムレイアウトを図1に示します。
 マイクロトロンの大きな特徴として、治療用ガントリーと加速器本体がセパレートしています。
このため複 数のガントリーを設定することが可能です。(図2のマイクロトロン標準2ガントリーシステムレイアウト参照) 本体から発生した電子ビームを電磁石で切り替えることにより、それぞれのガントリーまで搬送することが可能です。御参考までに垂直方向にガントリーを設置した例(栃木県立がんセンターの配置例)を図3に示します。基本的に加速器本体とガントリーがセパレートしているため任意の場所まで電子ビームを搬送することが可能です。
 図4に加速原理を示します。加速器本体は直径1800mm、厚み(幅110mm)の真空チェンバーで構成されています。その周りを励磁コイルで巻かれているため、コイルに電流を流すと真空容器には図4の紙面に対して垂直方向の一様磁場が発生します。電子銃より飛び出した電子はローレンツ力(qvB)と遠心力(mv2/r)が釣り合うため一様磁場内では円運動します。(qvB=mv2/r 但し、qは電荷、vは速度、Bは磁束密度、mは質量、rは軌道半径を表す)
 円軌道内に共振空胴(キャビティとも呼ばれている。)と呼ばれる加速空胴があり空胴内にはマグネトロンから励磁されたマイクロ波が導波管を伝わりマイクロ波電場が出来ます。共振空胴内に導かれた電子はマイクロ波電場よりパワーを貰い加速されます。このマイクロ波の位相で加速条件に合ったときのみ(位相角が約30°の時)加速され、マイクロ波の周波数が f=3Gヘルツであり電子の速度は、ほぼ光速であるため一周期での移動距離は10cmとなります。 λ=C/f =100(mm)。



 このため図5のように電子群が、Tm=10cm間隔で連なります。加速された電子は更に大きな円軌道を描き再び加速空胴に戻ります。これを順次繰り返すことによって電子のエネルギーは増加し、次つぎと大きな円軌道に移ります。
 電子線の引き出しはデフレクションと呼ばれる磁気を遮蔽する鉄製のチューブを任意の電子の軌道上にセッティングすることにより電子の軌道を変化させ、任意のエネルギーの電子線を引き出すことが出来ます。一回当たりの加速エネルギーは535KeVです。最高42ターンで22MeVまで加速可能です。本体から引き出された電子線は、ビームトランスポートパイプを通りガントリーヘッドまで搬送され電子線治療或いは、照射ヘッド内の金属ターゲットに当て制動放射X線に変換されます。(図6参照)
 マイクロトロンから得られる電子線は、出力が高く、出力エネルギーは加速軌道ターン数で決定されるため、エネルギー変動が極めて少なく、エネルギーの安定性がよいという利点を持っています。

3.放射化される部品と放射化の程度
 マイクロトロンで現在、放射化され安全管理上注意が必要と考えられます部品を表1.に写真を図7、図8に示します。



4.部品交換の頻度と問題点
 ターゲット、デフレクション、加速空胴の部品交換の頻度を表2に示します。
 次に問題点ですが、装置のメインテナンス時及び装置廃棄時に、被曝に関して注意が必要です。
 メインテナンス時は、社内におきましても、マイクロトロンの安全作業規定を作成しています。弊社のサービスマンが保守作業を行う場合、照射後5分経過してから作業を開始することにしています。
 また、表1に示しました部品近傍の作業を実施する場合、事前に線量計で安全を確認した後に作業着手することを遵守させています。

5.放射化物に対するメーカーの対応
 平成10年10月30日付け 科技庁原子力安全局放射線安全課長 通達で「放射線発生装置使用施設における放射化物の取扱いについて」と題して安全管理上の留意事項のガイドラインが示されました。
 表1
部品
主な材質
 1 
 ターゲット(図7参照) 
 金、銅、ステンレス鋼 
 2 
 デフレクション(図8参照) 
 銅、鉄、ステンレス鋼 
 3 
 加速空洞(図9参照) 
 銅

現実問題として、ユーザー側が直面するのは、装置メインテナンス時に交換した放射化されている部品、及び装置廃棄時の放射化された物品に対する取扱いであると考えられます。 (この中で規定されているのは、最大加速エネルギーが6MeV以上出力可能な装置と限定されています。)
 メーカー側といたしましては、放射化物の放射化の程度により、以下に示します対応をお願いしたいと思います。
 表2 部品交換の頻度
部品
 交換の頻度と寿命 
 1 
 ターゲット 
 1回/5年を推奨 
 2 
 デフレクション 
 半永久 
 3 
 キャビティー(加速空洞) 
 半永久

 1.放射化のレベルによって、ガイドライン(平成10年10月30日付け 科技庁原子力安全局放射線安全課長 通達)通り、施設(病院)の管理区域内専用保管場所に一時保管して頂き、その後はカテゴリー区分A,B,Cに倣って取り扱って頂く。
 2.科技庁長官の許可を受けた廃棄業者等に引き取って頂く。

6.おわりに
 放射物とメーカーの対応では、具体的にお話できずどうも「尻切れとんぼ」のようになってしまったことに対し、深くお詫び申し上げます。放射化のレベルはその装置の使用条件(使用エネルギー、使用時間等)により異なります。
 最後に、今回は貴重な発表の場を与えて頂き誠に有り難うございました。


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科学技術庁表彰記念講演 
神奈川県立がんセンタ− 
藤生 英夫


 平成10年10月26日の原子力の日に平成10年度の放射線安全管理功労者として、科学技術庁長官より長官賞(賞状並びに記念メダル)を受賞しました。
 私にとりましては身にあまる光栄で、今までご指導下さった諸先輩、いつも仕事を支えてくださっている同僚や関係諸氏の援助によるものと深く感謝し、厚く御礼を申し上げます。
 乳幼児や小児(就学前)においては、まだ核医学検査は一般的ではない時代からの管理、医療機関における放射線(非密封、密封、照射装置、発生装置や装備機器等)利用施設の許認可事務行政や医療施設と研究所の複合施設の管理と利用者であり、管理者であり、また許認可行政の立場として、時には矛盾を感じさせられたことが思い出されます。
 この表彰制度について少し概要を述べてみたいと思います。原子力の安全確保に尽力された個人、団体に対して昭和56年より、原子力安全功労者表彰が最初で、一般の理解と認識を高めるために日本がIAEA(国際原子力機関)に加盟調印した1956年10月26日を原子力の日として制定し、この日に表彰式および記念パ−ティ−が挙行されている。平成元年より放射性同位元素等の取扱における安全確保に尽力された個人、団体に対して放射線安全管理功労者表彰、平成5年より核物質管理に対し尽力された個人、団体に対して核物質管理功労者表彰が執り行なわれているが、放射線安全管理功労者表彰においては平成9年度まではレントゲンがX線を発見した11月8日に行われていましたが昨年度より3者とも、同日になった(表1)。
 昨年度までの放射線安全管理功労受賞者の機関別内訳をみると個人(表2)では研究関連が95人と多く、病院技師が50(内県6)人で約22%、医師が約9%と、このことからも放射線管理面で技師が担ってることを示すものと思われます。事業所(団体)では企業が約49%と半数を占めており、医療機関がよく新聞を賑わしている事からも推測され、今後の改善点を示唆しているのではないでしょうか。参考に右欄には主任者試験(1種)の合格率を示しておきました。
 現在、障害防止法対象事業所数は5028(1997年度)で10年前と比較すると343増加している。神奈川県は東京(482)大阪(384)についで3番目(370)、また機関別にみると全体の15.7%が医療である(表3)。
 県内における医療機関での障害防止法対象事業所数は38、医療法対象施設数は50となっており、発生装置保有施設(表4)が主なものである。
 制度の概要、今までの受賞者の状況と事業所数や利用形態等との関連についての現状は以上の通りである。
 医療放射線管理の充実に関し厚生省の検討部会より二重規制問題について、医療法による一元化、その上での安全性の確保について技術面のレベルアップ等公的管理体制の充実、定期検査、教育訓練、予防規定、管理責任者の選出、輸送管理等々と有機廃液の取扱い、医療施設外での使用の問題、純β核種治療製剤による施設・退出基準準などの多くの内容が提言され、前記後半部の3項目については昨年に通達が出されている。
 規制(法管理)緩和と自主規制(管理)について上記を念頭に置きながら考えてみたいと思います。
 諺に有るがごとく"棺を蓋うて事定まる""臭いものには蓋"から今や開示、公開、々々の時代である。今までの重し蓋がいっきにはぎ取られて中部が見えてくると、重し蓋に守られていたのは御上による護送船団(銀行)あり、なかからは団子(談合)3兄弟が次から次と一杯飛び出してくる、蓋が開いて温室の温度が急激に下がると、多くの者が風邪症状を訴え、やがてバブル型ウイルスによる流行性感冒が国中を蔓延した状態になっているのが現状だと思います。
 法の成立ちをみれば、人々が社会生活を営んで行く上で、習慣、礼儀、義理、人情、道徳(教育勅語ではない)、宗教などがあり、これらは社会通念として存在しており、夫々に慣習、信仰の違いなどで全ての人が守れるものでは無く、現在の民族紛争の原起でもある。これに反し法は現実にほとんどの人が守れることを前提に作られている。したがって皆が守れないような法は法ではないと言われています。
 一般に礼儀や道徳などは外部から避難されることはあっても強制されるものではありませんが、法には原則的に罰則等の強制が伴ってきます。また礼儀や道徳はふつう国家が関与する事はありませんが、法には国家の関与があります。
 規制(法管理)緩和が進めば進むほど社会通念としての礼儀、道徳などと自然法(制定法、裁判時の解釈)に近い自主規制(管理)が益々重要になってきます。
 この事を十分、念頭において、地域社会、国、組織さらに一般感覚と異にする事の多いい病院組織と言う中で我々個々の細胞が患者さんの神経、手足、脳となり得
るよう組織、社会などでグランドレベルを上げていける様に個々の研鑽を積み重ねていきましょう。
 最近、マニアル化が良く提唱されるが、病院はロボット化し難い分野の一つであり、音符が同様でも、歌人によって異なる様に基本原点は個々人の祖源、資質の問題ではないでしょうか。
 法律ほど読んでいて頭が痛くなり、取っ付きにくく、わけの分かりにくいものはないが、人をだますなという良心の命令は道徳ですが、だまして金を取る詐欺を罰するのは法である。また機会がありましたら"法について語り合いましょう"


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最近の放射線管理の緊急課題
 (放射化物に関して)

横浜労災病院
渡辺 浩


 最近、法律改正とまで行かないまでも課長通知等の指導や変更が相次いでいる。科学技術庁の放射線安全課長による「放射線発生装置使用施設における放射化物の取扱いについて」もその一つである。この通知を頂いた時の感想は、「これは大変なことになった!」である。すぐに関係メーカーに連絡をとったが、メーカーにとっても寝耳に水の話であったようである。当院の治療担当者によれば、「すぐとは言わないまでも近い将来、メンテナンス時に放射化物は発生する」とのことで、結論(対策)を急がなければならないことが解った。しかし、メーカーもなかなか結論を出せずに時を過ごした。そんなこんなしているうちに、この問題の発生機序が判明した。基本的には、ゴミの問題である。きちんとした廃棄物の処理を徹底する段階において、実験等で使用している加速器から高いレベルの放射化物が発生し、その処理が問題となっていたようで、そのために今回の通知となったようである。
 どんな背景があるにせよ、また、例え拘束力の弱い課長通知であろうと、放射化物の取扱いのガイドラインが出来た以上、これを完全に無視することは出来なくなった。実際、低いエネルギーで使用している装置においては、それ程放射化は起こっていないようで、長くても1年、短ければ1ヶ月程度でバックグラウンドレベルに減衰するようである。その期間、隔離保管し、減衰を待って産業廃棄物として廃棄していたようである。ここで重要なのは、メーカーの対応である。現在、廃棄物に関しては、廃棄処理業者で無ければ、廃棄物の所有者以外が廃棄することは出来なくなっている。そのため、発生装置の廃棄処理(更新も含む)がある場合は、その装置自体をメーカーに譲渡し、所有権を持ったメーカーが廃棄することが多いようである。しかし、このような事態となった今、果してメーカーは、全てを引き受けるのかどうかである(例え引き受けてくれたとしてもそれだけではパーフェクトにはならないが)。とりあえず、このことが、この問題の先決事項であり、それによって我々現場の対応も考えることになる。
 しかし、どちらにせよ、この前後に発生する放射化物に対する処置を、ガイドラインに沿ってパーフェクトに実施することは、通常の医療施設においては殆ど不可能ではないかと思う。通常の医療施設は(PETを除く)、放射線治療装置以外に放射線障害防止法の対象となる装置並びに管理区域を有していない。医療施設の多くが、発生装置のみが対象となる病院である。放射化物のレベルによって密封線源扱いや非密封線源扱いとなるが、いずれにしてもそのような施設許可を得ておらず、保管・廃棄する場所がない。放射化物のためにそのための変更許可を受け、新たな法規制に縛られなければならない。とんでもない話である。
 現在、原子力発電の世界では、放射性廃棄物があまりにも多量に排出されるために、減衰によって低い放射能となったものについては、放射性の考慮をせず一般の放射性廃棄物としての処理を可能にする検討(クリアランスレベルの設定など)が始まっている(数年〜十数年先の話だが)。我々が問題にしている放射化物のレベルは、おそらくそのレベル以下の問題であり、実際に僅かな期間で放射性廃棄物とはとても言えないほどのバックグラウンドレベルまで減衰してしまうものである。確かに、発生時すぐにその辺に棄ててしまうのは問題だと思うが、医療施設に、ガイドラインにあるような労力と経済的負担を与えてまで処理しなければならないレベルの話ではない。世間では、これだけ規制緩和によるシステムの効率化が叫ばれている最中にあまりにも不毛な議論をしているようでとてもつらい。ましてや、医療の世界では、その経費を削ぎおとすことが最重要課題のはずである。
 ともあれ、この問題に対する医療現場の対応策を講じなければならい。一応正式と思われる対応策を記す。(*:その場合の問題点)
(1)放射化物を保管・廃棄するための許可を得る。(ただし、現在、保管・廃棄施設が無い場合には、増設することが必要である。さらに、放射化物が非密封RIレベルであれば、汚染検査室並びに排気・排水設備が必要となる。)
*核種を同定するのか、出来るのか。
*医療の場合、使用することは無いが使用者としての許可になるのか。
*この放射化物の扱いは、医療用装置により発生したものとして、医療の枠に入るのかどうかも問題である。それによって主任者の資格問題に派生するし、医療現場における放射線管理法規の一元化時の問題となる。
(2)放射線障害予防規定を改訂し、(1)と同じく許可を得る。
(3)発生した放射化物を許可を得た保管・廃棄施設で、保管・廃棄し、(減衰を待って、)日本アイソトープ協会に廃棄を依託する。
 順番としては、このような作業となるはずで、言葉や文書にすると簡単だが、それに附随する業務と責任、そして経済的負担は、相当なものになる。何度も言うようだが、果して、通常の医療施設がパーフェクトに対応することが出来るのだろうか。
 次に、この放射化物の問題に関して将来のための対策(お願い)を記したい。
(1)ガイドラインの中でうたっている対象外の領域を拡大し、通常の医療用発生装置を除外する。
(2)放射化物の発生時に、日本アイソトープ協会が即応体制をとり、廃棄依託を受ける。
(3)放射性廃棄物にクリアランスレベルを設定し、産業廃棄物としての廃棄を可能にする。
(4)病院長若しくは放射線管理責任者の管理責任のもとに、現場でのフレキシブルな対応を可能にする。(従事者や患者等の不必要な被ばく防止措置を講じた上で減衰のための保管を行い、バックグラウンドレベルになったことを確認し、産業用廃棄物として廃棄する。)
 現在の法規に照らし、今回の指導を遵守した上で、各方面が一番傷付かない妥当な方法はおそらく(2)の方法であろう。放射化物のために施設を増設することはナンセンスなことであるし、指導を無視して産業廃棄物として棄てた場合に、万が一、内部告発でもされたらそれこそ新聞沙汰になってしまう。放射能が高い場合の措置が問題(通常の運搬方法が取れない場合が発生するかもしれない)だが、メーカーと日本アイソトープ協会が協議し、一日も早く、今回の指導に対する無難な解決が図られることを望む。そして、国民の放射線アレルギーが解消され、一旦は放射能を有したとしても、普通のゴミとなったものは普通のゴミとして棄てられる日がくることを強く望む。
 最後に、この問題に対して見解の相違が見受けられる。それは、装置タイプや使用頻度等で、放射化の程度が違っていることが主な原因と考えられる。施設によっては、メンテナンス作業者が、被ばくの防護措置を講じなければとても作業が出来ない程放射化している場合も有れば、殆ど放射化していない場合もあるようである。この問題の本質的解決のためには、医療施設における放射化の状況を緊急に調査検討することが必要と考える。



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第215回定例研究会
 SPMって何なの?

東海大学病院
村上 剛


1.はじめに
 SPM(statistical parametric mapping)は、様々な患者(正常者も含む)の異なった脳の形状を、基準となる脳の形状に一致させ、2群間の統計的な処理を行うことで賦活部位を推定するソフトウエアで、主に研究的な用途で用いられてきた。このSPMというツールが、近年では、臨床核医学の場にも応用されはじめ、将来は、自動診断(診断支援)にも役立つのではないかと期待されてる。しかし、SPMの理論やアルゴリズムは難解であり、様々なパラメータの設定や得られた結果の分析に頭を悩ませる。
 そこで、今回は、複雑な理論や計算アルゴリズムを無視して、できるだけ分かりやすく、SPMに計算結果を算出させるまでを解説してしていくことにする。なお、SPM for Windowsを用い、SPECTの臨床応用を前提に話を進める。また、私自身の勉強不足や、話を理解しやすくするために、多少のごまかしが入ってくることを了承していただく。詳しくは、SPMのホームページ(http://www.fil.ion. ucl.ac.uk/spm/)を参照して頂きたい。
2.SPMの流れ

 SPM処理の流れをFig.1に示す。まず、核医学データ処理装置のSPECT像をパーソナルコンピュータに転送しなければならない。そのデータに対し、SPM処理に使用できるように、Headerの作成などの処理を施す必要がある。Realignmentは、同じ像を繰り返し撮影した場合の動きを補正するもので、MRIやPETでは用いられるが、SPECTでは用いられないと考えてよい。Normalizationでは、すべての対象SPECT像のそれぞれに対して、線形・非線形の処理を行い、基準となる脳の形状に一致させる。さらに、Smoothingで、雑音の減少、Normalizationで合わせきれない微小構造を無視させる。実は、Smoothingの目的には、もう1点の重要な意味があるのだが、難しい理論であるので、ここでは無視しておく。その後、Statistics analysis、すなわち、統計的に有意な賦活部位の計算を行う。この部分がSPMの中核をなし、パラメータの設定にも考慮を要する部分である。
3.SPM処理に必要なハードウエア
 パソコン本体(キーボード、マウス等を含む)、CRTディスプレイ、ハードディスク、データ転送のための10BASE-Tあるいは補助記憶装置が必要である。その他、カラープリンタ、大容量補助記憶装置などがあることが望ましい。必要十分なパソコンの性能は、処理データ数やマトリクスサイズ、処理パラメータなどによって異なるが、ハイパフォーマンスであることが望ましい。ただし、CPU:Pentium100MHz、RAM:32Mbyte程度でも処理できないことはない。
 なお、Windows環境を供するソフトウエア(Virtuel PC等)があれば、Macintoshでも行うことが可能である。
4.画像の転送
 SPMを行うためには、核医学データ処理上にあるSPECT像のファイルをパソコン上に転送する必要がある。その方法として、最も一般的なものは、FTPによるデータ転送である。このためには、核医学データ処理とパソコンをネットワークで接続しなければならない。その他の方法には、MOディスク等の補助記憶媒体を介してOFF-LINEで転送する方法がある。
 どちらにしても、コンピュータに詳しい人ならば、難しい事ではないが、万一、核医学データ処理システムに異常を生じた場合の事を考え、機器メーカに問い合わせ、転送が可能かどうか、どのような方法で転送するのが良いかを確認しておくほうが良いだろう。
5.Format変換について
 パソコン上に転送したデータは、核医学処理装置のフォーマットであるため、SPM処理は行えない。SPM処理が行えるフォーマットに変換する必要がある。ここで、行うことは、Byte OrderとHeaderの変換である。Byte Orderの変換は、UNIXとWindowsでBinary Dataの形式が異なるために、ほとんどの処理装置とパソコンの間で行う必要があるだろう。また、核医学処理装置のデータには、患者情報や検査情報などが記載されているHeaderと呼ばれる部分がデータの先頭に付いているが、これを省き、Voxel Sizeなどが記載されたSPM用のHeaderを新たに作成する必要がある。
 これら一連のフォーマット変換作業を簡単に行うツールを、DRLが開発している。ただし、核医学処理装置のHeader SizeやVoxel Sizeを知っておく必要はある。
6.Normalization(基準化)について
 異なるSPECT像に対してピクセル(本来はVoxelである:以下同じ)毎にt検定を行う訳であるから、同じ脳の構造が、同じピクセルになくてはならない。そのために、すべてのSPECT像に線形・非線形の変形を行い、Templateといわれる基準画像に合わせ込むNormalizationという処理が必要になる。 Normalizationを行うにあたり、設定しなければならないパラメータをTable.1に示す。


 ここで、Normalizationの精度に最も大きく影響するのは、Basis Functionである。このパラメータは、計算時間にも大きく影響する。そこで、パソコンの処理速度が速く、より微細な構造まで一致させたい場合は、Basis Functionを‘8,8,8’とし、処理速度が遅く、大まかな構造の一致でよい場合は、Basis Functionを‘4,4,4’とするのがリーズナブルだと考える。その他のパラメータは、Table.1に示す設定で特に問題はないと考える。
 ただし、コントラストの悪いSPECT像や、頭皮の部分に著しい集積がある場合などでは、Normalizationを正しく行えない場合がある。その際、Normalization処理後の画像の異常は、視覚的に明らかに判断できる場合がほとんどである。したがって、Normalization処理後の画像を視覚的に観察しておくことが重要である。
 一例として、Normalizationが正しく処理された時の画像と、Normalizationを失敗した時の画像をFig.2に示す。



7.Smoothing(平滑化)について
 Gaussian関数をSmoothingの際のボケ関数とするが、そのGaussian関数のFWHMをパラメータとしてX,Y,Z方向それぞれに設定する。当然のことだが、このFWHMを大きな値に設定すると大きくボケた画像になり、あまり小さな賦活部位が検出できなくなる。
 ガンマカメラシステムの空間分解能の2倍程度とするのが合理的であると言われているが、現実的には、雑音の大きさや、検出したい賦活部位の大きさなどを考えて、Smoothing後の画像を確認しながら、各施設毎に妥当な値を設定するのが良いと思われる。ただし、同一の検定に用いるデータは同じ値のFWHMを用いる必要がある。
8.Statistical Analysis(統計解析)について
8.1.統計処理の種類
 一般的には、‘Group's Statistics’を選択することになる。
 これは、2種類の異なるグループ間のt検定を行うことを意味する。すなわち、正常群と異常群(例)の検討、50代と70代の検討などでは、それぞれのグループに対応がなく、当然、グループ毎に症例数が異なっても構わない。
 また、正常群と、異常と思われる(異常かどうかを調べたい)1例との検討もこの検定に含まれる。この検定を、SPMではJackknife法と呼んでいる。
 なお、負荷前と負荷後の検定のように、同じ患者のSPECT像が複数存在する場合などには、‘PET Statistics’や‘fMRI Statistics’を用いることになるが、ここでは言及しない。
8.2.グループ数
 グループ数は、基本的には2として処理する。
 例えば、正常例と異常群A、正常例と異常群Bの検定を行うときに、グループ数を3として処理した方が手間はかからないのだが、正常例と異常群Aの2グループでの検討と、正常例と異常群Bの2グループでの検討を分けて行う必要がある。
 これは、グループ数を3とした場合、2群間の検定と言う形ではなく多群間の比較になり、正常例と異常群Aの検定の際にも、異常群Bのデータが関与してくるためである。
8.3.SPECT値の正規化
 SPM処理を行うSPECT像が定量画像の場合は、絶対値で比較することができるので、Type of global normalizationを‘no’、すなわち、SPECT値の正規化を行わないのが適切であろう。
 一方、定量画像でない場合には、RIの投与量等によってSPECT値が異なるため、各データのSPECT値を正規化しておく必要がある。Type of global normalizationを‘Scaling of grand mean’に設定し、Threshold defining voxel to analyzeを‘0.8’に設定するのが妥当である言われている。すなわち、Fig.3に示すように、全ピクセルの平均SPECT値の1/8以下はバックグランドということで除外し、1/8以上のピクセルの平均値をgrand mean(一般的には50)として正規化する。さらに、その平均値(50)の0.8以下は白質であると考え、0.8以上の灰白質としたピクセルを後の統計処理解析の対象とするものである。
 これによって、複数の患者(健常者)のSPECT像を同じ土俵に上げ、後の統計解析が可能となる。ここで、注意を要するのは、脳全体に血流が落ちている場合は評価できなくなる。また、高血流部位が存在する場合、正常部分が低血流部位に見られたり、その反対のことが起こりうることを知っておかなければならない。
8.4.Probability threshold
 いわゆる有意水準を設定する。統計学上の慣例では、検討結果を、有意でない(NS)、5%で有意(p<0.05)、1%で有意(p<0.01)、0.1%で有意(p<0.001)のいずれかとすることが多い。ここでは、単純にピクセル毎に2群間の値が統計的に有意かどうかをt検定で判定し、設定したProbability thresholdより有意なピクセルの位置を見つける。5%以上は統計学では有意とみなさないので、設定するProbability thresholdは‘0.05’としておくのが妥当である。後の賦活部位を表示する際に、‘0.01’、‘0.001’等、より厳しい有意水準とすることが可能である。
8.5.Contrasts
 SPMの検定は片側検定であるので、グループ数を2とした場合において、グループ1の高血流部分を検出する検定と、グループ2の高血流部分(グループ1の低血流部分)を検出する検定とを行わなければならない。この計算は、Contrastsに‘1,-1’、‘-1,1’の2種類を設定しておくことで、同時に行える。



8.6.Extent p
 ここまでで、ピクセル毎のt検定によって、統計学的に有意な差のあるピクセルが検出された。
 しかし、SPECT像は、システムの空間分解能や再構成処理の際のフィルタ関数、さらには、SPM処理でのsmoothingによって、あるピクセルの値は、必ずその近傍のピクセルにも影響を及ぼす。そこで、有意差のあるピクセルはある程度の大きさを持つ連続したピクセルで構成されるはずである。  そこで、t検定によって検出した有意差のあるピクセルの大きさについても、検定を行う。すなわちピクセル毎のt検定で有意差のあるピクセルであっても、その近傍のピクセルに有意差がなければ、雑音による有意差、あるいは、偶然に検出された有意差とみなすわけである。そこで、Extent pに‘0.05’、‘0.01’、‘0.001’等の有意水準を設定して、有意差の広がりの検定を行うわけである。
 ここで、多くの組み合わせの比較を行うわけであるから、過誤の確率が増加する。これを防ぐために、古典的な多重比較の方法であるBonferroniの方法で補正することができる。‘corrected’としておくと、指定した有意水準を、計算上の有意水準に変更することで対応する。これは、すべての部位に有意差がないということが前提の統計学的処理である。すなわち、脳のある部位に注目した場合、その部位だけの検定を行えば良いわけで、多重比較とはならない。
9.解析結果の表示
 ピクセル毎のt検定、有意差の大きさによる検定によって、統計的に賦活部位が検出された。
 最後に、その賦活部位を表現するわけであるが、その方法として、賦活部位をMIPとして表示、3Dで示された脳表面への投影表示、SPECTに賦活部位を重ね合わせる表示が選択できる。
10.おわりに
 SPMは、ここまで述べてきたように、統計的に有意差のある部位を検出できるため、自動診断(診断支援)に利用できるはずである。すなわち、健常者群と、ある一例を比較し異常部位を検出する方法である。しかし、難しい問題を多く抱えているのも実状である。
 まず、健常者群という言い方をしたが、すべての健常者の集合で良いのかどうかと言うことである。性別、年齢等を考え合わせなければならないのか、また、年齢を考えたとき、何歳づつに区分すればよいのかということである。
 次に、健常者群のデータをどのようにして集めるかということである。まず、ボランティアを募ることを考えるのだが、その費用を含めた様々な負担を考えると気が遠くなる。
 最も重要な問題だが、SPMは本来、PET、fMRIを対象に考えられたソフトウエアであるため、それをSPECTに応用するためには、空間分解能、吸収散乱、統計雑音などが、SPMに適応しているかどうかということである。定量画像でSPMを行う場合も、その算出精度が重要であることもこの問題に当てはまる。
 以上、SPMをできるだけ簡単に解説したつもりだが、結局、部分的には何となく理解できたようでも、全体としてはよく理解できない方も多くいられると思う。SPMだけではないが、このように複雑なアルゴリズムのソフトウエアでは、まず、動かしてみると言うことが必要だと考える。その上で、施行錯誤しながら、疑問を徐々に解決していくほかないだろう。私の方ももう少し勉強して、また、機会があれば、わかりやすいものとして報告したいと考えている。



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『トリコロール戦士栄光への軌跡』
北里大学病院
神宮司 公二


 “We are the Champion” シャンゼリゼはフレディ・マーキュリーの歌声と、100万人の群衆で埋め尽くされた。
はじまりはマルセイユだった。6月12日、対南アフリカ戦前半26分、フランスは突然のアクシデントで、フランス・リーグ2年連続得点王のギバルシュを左膝靱帯損傷で失った。これがフランスの、栄光への試練の始まりであった。伝統のシャンパンサッカーを捨て守備重視のチームに変身した、ジャッケ監督率いる母国チームに懐疑的なサポーターに希望を与えた先制弾は、前半34分、ジダンの左CKに頭であわせたデュガリーから生まれた。批判を受けながら代表入りした彼にとって、自らの価値を証明した1点だった。オウンゴールと終了間際のアンリのとどめのゴールで、3対0で南アフリカを退け、トルシエ監督の出鼻をくじいたフランスは、舞台をサンドニに移した。
 6日後、サウジアラビアと対戦したフランスは20歳FWコンビ、アンリの2発とトレセゲ、そしてリザラズのゴールで4:0と快勝し、1次リーグ突破を決めた。しかし、勝利の代償はあまりにも大きすぎた。調子の戻ったFWデュガリーが右膝を負傷し、代替不能なゲームメーカーのジダンを一発退場で失った。またも試練がフランスにふりかかった。ジダンは2試合、デュガリーはその後決勝戦まで戦線を離脱した。
 6月24日、リヨンに移ったフランスは、ラウドルップ兄弟率いるデンマークと対戦した。ジャッケ監督は決勝トーナメントの初戦をにらみ、出場停止処分を受けている司令塔ジダンの他に、警告を受けていたMFデシャン、DFブランとリザラスの主力3人を温存し、ゲームに望んだ。1:1でむかえた後半11分、試合を決めたのは、左CKからゴール前の混戦を制したプティ、約20メートルの豪快なミドルシュートだった。結局2:1、初の3連勝で3大会ぶり5度目の決勝トーナメント進出に花を添えたフランスに、初めての幸運が舞い込んだ。Death組と呼ばれた激戦区D組でパラグアイがナイジェリアを3対1で破り決勝トーナメント進出、よってスペインがまさかの予選落ちとなったのだ。これでベスト8をかけて戦う相手はスペインではなくパラグアイに決まった。そう、日本にアルゼンチンを売ったと叩かれた、あのチラベルトがゴールを守るパラグアイだ。誰もが組み合わせの幸運を喜んだ。スペインでなくてよかったと・・・。
 6月28日、フェリックス・ボラール・スタジアム。悪夢のようだった。ジダン抜きの2試合目、フランスの前に立ちはだかったホセ・ルイス・チラベルトの壁は厚く、大きかった。前半15分、MFディオメドの左足のシュートは右手ではじかれ、後半9分にはDFデザイーのヘディングシュートも横っ飛びでおさえられた。90分では決着がつかず、ゴールデン方式の延長戦にもつれ込んだ。攻めに攻めながらも、チラベルトの壁はなかなか割れず、誰もがPK戦を思い描いていた。そして、パラグアイ有利かと・・・。延長後半8分、開催国の執念とジダンの思いがチラベルトの右腋をかすめた。右サイドからMFピレスのクロスにFWトレセゲが頭で合わせ、DFブランの右足から放たれた弾丸シュートが、113分の死闘にリオドをうつゴールデンゴールとなった。スタジアムは優勝したかの様な騒ぎだった。ジャッケがジダンがピッチになだれ込み、歓喜の輪の中に入った。チラベルトは2失点でフランス去った。準々決勝の相手は、過去W杯1勝2敗と分が悪いイタリアだが、フランスには何か奇跡の予感さえ感じられた。
 7月3日、サンドニ。ジダンが戻って意気揚々とするフランス。一方、イタリアにとって8年前の7月3日は忘れられない日であった。特にR.バッジョにとって・・・。試合は予想通りの接戦であった。司令塔ジダンを中心に終始攻撃的なプレーを展開するフランスに対し、イタリアは主将マルディーニを中心に評判通り鉄壁のディフェンスを繰り広げた。ジョルカエフがカランブーがプティがジダンが決定的なチャンスを掴むが、鍵のかかったゴールをこじ開けることは出来なかった。一方イタリアは、最後まで実力を発揮出来ないままピッチを去ったデル・ピエロに替わり、後半22分、ロベルト・バッジョが登場した。またしても90分間では決着がつかず、2試合続けての延長となった。延長に入るとフランスが一方的にゲームを進めたが、バッジョの攻撃は徐々に危険度を増した。そして延長前半11分、アルベルティーニからのクロスに走り込み、ゴール前でフリーになったバッジョの右足から放たれたボレーシュートがGKバルデスを抜いた瞬間、スタジアムは凍りついた。が、ボールはわずかに左にそれた。フランスはサッカーの神様に護られていた。そして、そのツキを掴んだままPK戦へと移った。フランスの1番手ジダンがあっさり決め、イタリアはバッジョを送った。4年前の悪夢などみじんも感じさせずに、ゆっくりとそして正確に決めた。2番手のリザラズ、アルベルティーニ共にゴールキーパーに阻まれた。トレセゲ、コスタクルタ、アンリ、ヴィエリがそれぞれ決め、スコアは3:3。フランス5人目のブランのシュートはゴールネットを揺らし、全てをGKバルテスに託した。7万7千人の大観衆が見守る中、イタリア5人目ディビアジョがPKに挑んだ。。全ての思いが託されたボールは、無情にもクロスバーに跳ね返された。この瞬間、フランスは4度目の準決勝進出を決め、イタリアは3大会連続のPK戦敗退が決定した。勝利の女神はまたしてもバッジョにそっぽを向いた。


 5日後の7月8日、準決勝。またしても、試練がフランスを待ちかまえていた。赤白のチェックのユニフォームに身を包んだクロアチアは、今大会最も、フランスを苦しめた。それは、パラグアイ戦以上の悪夢だった。「前半15分過ぎから、私は自分のチームがあんな状態になったのを初めて見た。自信を失い何をしていいのか分からない。中盤が崩壊して30分間はパニック状態だった。あのままKOされていてもおかしくはなかった。」と、ジャッケ監督は振り返った。ハーフタイムのロッカールームには、自らも興奮しながら選手達を怒鳴りつけるジャッケ監督の姿があった。そして後半開始後まもない1分、スーケルが左足でバステルを破り先制ゴール。最悪のシナリオのオープニングかと思われた。テレビではゴールシーンが繰り返し流されていた。画面がライブになった瞬間、そこにはフランスのDFテュラムの姿があった。スーケルの得点からちょうど1分後だった。今大会初めて先制点を奪われ、窮地に追い込まれたフランスを、代表デビュー後37試合でノーゴールの右サイドバック、テュラムの粘りが救った。ゴール前でドリブルするボバンに背後から追いつきパスミスを誘い、ジョルカエフにわたったボールをそのままゴール前で受けシュート。意外なほどあっけなくフランスは同点に追いついたのだ。スタジアムの雰囲気は最高潮に達した。これでリズムを取り戻したフランスは、徐々にクロアチアを圧倒しゲームを支配していった。そして後半24分、決定的な仕事をしたのはまたしてもテュラムだった。相手MFのヤルニの両足の隙間からボールを奪い、右サイドから倒れ込みながらシュート。彼の左足から放たれたボールは、ラディッチの守るニアポストを抜けゴールへと吸い込まれていった。8万の観衆をのみ込んだ巨大なスタジアムが揺れた。感激で立ち上がることすらできなかったテュラムに、ジダンが、ブランが、ジョルカエフが飛びついてきた。そして、フランスにとって最大の試練、いや悲劇は歓喜冷めやらぬその僅か5分後であった。ディフェンスの要ローラン・ブランがレッドカードを受け、退場させられたのだった。しかもミスジャッジで。1994年アメリカ大会でブラジルのレオナルドが、レッドカードを受け決勝戦を棒に振ってしまったシーンが思いだされた。あの時はアクシデントだったにせよ、レオナルドの右肘が相手の右頬にヒットしたのは事実だ。しかし、今回は明らかに違っていた。相手DFを手で押しただけだったのだ。しかしビリッチは一瞬の後、なんと両手で顔を押さえピッチを転げ回ったのだ。そして無情なレッドカード。32歳のブランにとって最初で最後かもしれないW杯が終わった。結局、2:1のスコアで初の決勝進出を決めたフランスであったが、祝勝気分は台無しにされた。「ロロ(ブランの愛称)の為にも優勝を」というのが、フランス国民の願いであった。「この怒りはすべてブラジルに向けられる。彼らは大変な敵を相手にすることになるだろう。」とブランは予測していた。「このチームには魂がある。我々の心はひとつだ。きっと最後まで行けるだろう。」キャプテンのデシャンは力強く宣言したのだ。
 世界一の栄冠をかける相手は、オランダをPK戦の末破ったカナリア軍団ブラジルであった。2度目の2連覇、5度目の優勝を狙う王者ブラジルであったが、最終選考でスーパースターのロマーリオを外すなど、大会前から波乱があった。そして、キックオフ1時間前に発表されたスターティングメンバーにロナウドの名前は無かった。そのころ彼は、病院にいたのだ。表向きは神経性胃炎と発表されたが、実はプレッシャーに押しつぶされる寸前だった。それでも、開始45分前に到着すると、ザガロ監督に出場を直訴。周囲の期待に応えるため、ピッチに立った。しかし、両膝と右足関節に爆弾を抱え、まして精神状態も最悪な彼には、セナの魂さえも届かなかった。


 1998年7月12日、サンドニ。ついにフランス代表は幾多の試練をへて、最後の決戦場にたどりついた。フランス国民の期待を担い、彼らはピッチに向かった。決勝を夢見てここまで来て、実現した彼らにとって、気負いは無かった。そんな彼らを象徴するかのように試合は展開された。司令塔ジダンは勝利とともに、ゴールを狙っていた。フランスの10番を背負う彼は、今大会22本のシュートを放ちながらも無得点だった。自らのゴールでブラジルを撃破し、ブランに恩返しをするつもりだった。そして、ついにその時が訪れた。前半27分、右CK。プティからのクロスにマーク役のレオナルドを競り倒して、先制のヘディングシュート。完璧なゴールだったが、笑顔は全くなかった。カメラマン席を飛び越えスタンドにガッツポーズをすると、祝福に駆け寄ったイレブンを鋭い視線でにらみ返した。「まだこれからなんだ!」と。しかしこの1点で充分なほど、フランスの守備陣は完璧で、ブラジルの最強攻撃陣を押さえ込んでいた。ロナウドを孤立させ、ベベットを両サイドに追いやり、カフーやロベルト・カルロスの攻撃参加を許さなかった。そして、待ち望んでいた追加点は前半46分、ロスタイムだった。左CK、ジョルカエフの低いクロスに反応したのは、またしてもジダンだった。ドゥンガに競り勝ち、ヘッドでロベルト・カルロスのまたの下を抜いた。今度は笑った。ジョルカエフと抱き合い、勝利を確信した瞬間でもあった。

前半を2:0で終了し、いよいよ栄光への45分間を向かえた。しかし、ここで最後の試練が待ちかまえていた。後半23分ディフェンスの要、デザイーが2回目の警告で退場処分となったのだ。だが、フランスを決勝まで導いたストッパー2人がいなくなっても、動揺は無かった。守備的MFプティがセンターバックに入り、ブランの替わりのルブーフとともに終盤の数的不利の状況をしのぎきった。スピードに乗ったプレスと果敢なボディーチェックでブラジルにシュートを打たせなかった。10人でカナリア軍団を止めたのだ。フランスの堅守は、ブラジルの焦りを誘い、攻撃のリズムをも奪った。そして、試合終了3分前の後半47分、一瞬のスキをついてフランスのカウンターアタックが冴えわたった。プティが一気に前線まで突っ走りビエイラのパスを受けそのままゴール。王者の息の根を止めるだめ押しの3点目が、無人のゴールに吸い込まれていった。フランス代表通算1000ゴール目にスタンドは総立ち、すでに歓喜のダンスがいたるところで始まっていた。そして、試合終了のホイッスルがピッチに響きわたった。史上7番目のW杯優勝国の誕生の瞬間であった。
 ここに、フランス人の第3代FIFA会長、ジュール・メリ氏の尽力で1930年、ウルグアイで始まったW杯の王座は、68年の歳月を経てフランスのものとなった。トリコロールの旗の下に集いし22人の精鋭達とジャッケ監督の戦いは、黄金のトロフィーと栄光をフランスにもたらし、プラティニの17年越しの夢を叶えた




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お店紹介しようかい!(4)
川崎市立川崎病院
小野 欽也


   川崎病院放射線科の若手スタッフがよく行くお店で、ちょっと変わったものを出すお店があるので紹介します。お店の名前は「安兵衛」といい、普通の焼き鳥やさんです。何がちょっと変わっているかと言うと、焼き鳥のメニューの中に“トマト”というのがあるのです。知らない人はきっと注文しにくいと思うのですが、一度でもこれを食べたことのある人は、“トマト”食べたさにこの店にくる、というほどおいしいものなのです。普通、焼き鳥メニューの野菜と言えば“ねぎ”、“ししとう”、“アスパラ”など、焼いて食べるのが当たり前の野菜ばかりで、“トマト”なんてのはちょっと目にしないでしょう。



 それでは、そろそろ正体を明かしましょう。この“トマト”と言うのは、カットしたトマトを豚のばら肉できれいに包み込み、タバスコで味付けしたものなのです。これが本当においしい。今、思い出しただけでもよだれが出てきてしまうほどです。後は、普通の焼き鳥やさんなのですが、メニューにない隠れキャラがけっこうあるので、はじめての人は周りの人の注文をチェックしてみてください。
 飲み物もカリフォルニアワインを出してくれたり、ジンタン割と言ってジンライムのタンサン割を出してくれたりと、ちょっと毛色の変わった焼き鳥やさんです。日本酒も新潟の地酒なんかがおいてあり、結構楽しめますよ。
 実は、このお店を神奈核ニュースで紹介すると言ったら、みんなにやめてくれと言われてしまいました。隠れた名店の名を広めてはならないと…。しかし、これも神奈核ニュース読者の為、みんな裏切ってごめんね。
やきとり 安兵衛  川崎花小路  п@044-211-5241

編集部から  本号は、4月に行われた教育訓練の特集になりました。皆さんが抄録とはいえないような立派な原稿を書いていただき、ページを埋める苦労はありませんでした。でも、ファイルが重くてスクロールするのが大変でした。今後ともよろしくお願いします。  ご投稿・ご要望・お叱り・ご感想等は、下記までお願いします。 259-11 伊勢原市望星台 東海大学病院 核医学 村上 剛             TEL :0463-93-1121(内3471)             FAX :0463-91-1350             E-mail:mura@is.icc.u-tokai.ac.jp

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