神奈川核医学研究会が医療経済に関する特集を組むに当たり放射線科医(ことに核医学)としてのコメントを求められたが、本年は隔年毎に行われる医療保険見直しの年に当たっているためか、医療制度の改革に関する案が種々報道されており、非常に難しい時期でどのようにコメントしたらよいのか苦慮する。
医療経済という言葉を考えるとき、国としては医療費全体のことであるし、独立採算制の病院にすれば病院経営に関する経済のこととなろうし、個人(患者)にとっては治療費そのものとなり、僅かながら差ががあると思うが、取りあえず放射線科医(ことに核医学)の立場から画像診断を中心にこれからを考えてみようと思う。
現在、日本で検討されている医療改革は米国で行われている疾患群別包括医療制度(DRG/PPS)を取り入れて医療費の抑制を考えているかはご承知の通りである。現在も行われている出来高払いの医療保険制度(但し、外来診療の一部は既に包括医療)が続いている間は各学会からの委員で構成されている健保に関する委員会(内保連、外保連)では、それぞれの技術料を引き上げることに努力しているが、包括医療制度が実際に導入された場合にはどう対処すべきかを放射線科は殊によく考えておくべきである。
何故ならば、実際に厚生省はDRGを検討する委員会を既に設置し、その下に主として臓器別の小委員会が設けられたが、発足当初は放射線科医はどの部門にも参加していなかった。しかし、当時の日医放会長の河野教授のご努力によりそれぞれの小委員会に放射線科医が入ったと聞いている。この様な事が何故当初起ったかと言えば、基本の委員会が各臓器疾患について画像の作成、画像診断結果を臨床各科に提供する放射線科の存在に対する認識が十分でなかったためと聞いており、これからしても核医学の存在認識を期待するのは現状のままでは無理ではないのかと危惧している。
近い将来、採用されるであろう疾患群別包括医療制度(DRG/PPS)についてもメリットとデメリットが予想されている。川渕氏によればメリットとしては医療費の適正化の実効、医師のコスト意識、過剰診療の低下、過剰診療に対する患者の不信感の低下、などで、 デメリットとして医師の自由裁量権がコストに左右されやすい、粗診粗療の可能性、粗診粗療に対する患者の不信感の増加、病院経営上の無神経(費用削減にはしる)などが上げられている。 このデメリットの部分が放射線科、殊に核医学に関係してくる事が予想される。疾患群によって決められた一定額の入院治療費しか支払われないことになれば、高額な検査は病院経営の側面から見れば、できるだけ行わないで欲しい筈である。 核医学による検査料は高額であるためこの点特に心配される。
これに対して、診療は医師によって行われるので、診療上必要とされた検査法はたとえ高額であろうとも臨床各科の医師は行って行くであろう。 そのためには、核医学というものの存在と必要性並びに有用性を臨床各科の医師を始めとして、一般市民にも広く知らしめることが第一歩である。 このため日本核医学会では「核医学Q&A」の小冊子を作成して核医学の啓蒙に努めたが、放射線科医の中でもこの小冊子の存在を知らない人がいるのには吃驚させられたが、一般市民は全くと言ってよいほど核医学を知らないので、広報の重要性を強調したい。 医療保険については「各疾患に対する画像診断適応ガイドライン」を厚生省の指導のもとに作成することも考えておくべきである。これに入っている検査が行われていなければPPS(Prospective Payment System)の率が低くなるような根拠の資料となるようにすべきであろう。其の資料が公に認められるためには資料の提供団体である日本核医学会が法人格を得ておく必要性が強く求められる。
核医学がこの様な国民医療費の削減という大命題のもとで、患者の真の福祉に貢献し、発展して行くためには以前から言われていることではあるが核医学でなければ得られない情報の開発が必要であろうし、利用法も考えてゆくべきであろう。 現在でも使われているが、例えば悪性腫瘍の治療に際して抗がん剤を使用する場合に治療経過を核医学検査でチェックし、薬剤が有効に作用しているかを確認し、無駄な薬剤の投与が如何に患者と国家に不利益を与えているかをもっと精度高く実証してゆくことが大切であろう。これらが精度高く実証されれば核医学検査は欠くべからざるものとして認知されるであろう。 これは現在用いられている循環器疾患をはじめとする他の疾患についても同様である。
だが、放射線診療に従事している人にとって現在の医療保険制度について関係がありそうでも知らない事が多いのも事実であろう。例えば現在、外来診療で行われている包括医療制は病院による選択性であるが老人慢性疾患を対象としている。しかし、医療保険上の慢性疾患には総ての臓器の悪性新生物及び多部位の悪性新生物や心筋梗塞、脳梗塞なども含まれている。おそらく、包括制を選択した病院でのこの種の患者の外来での経過観察には核医学の利用は殆ど無いのではないかと心配される。
まだまだ、多くの事が考えられるが、最近の変化の多い医療制度の中では、どのように対処して行くべきかは多くの関係者による討議が其の度に必要となろう。
石井 勝己
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